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ブラックホールの合体で光は放たれるか?-すばる望遠鏡とカナリア大望遠鏡の連携による重力波天体の探索

国立天文台、スペイン・カナリア天体物理研究所、千葉工業大学の研究者を中心とする国際研究チームは、北半球にある2つの大型光学望遠鏡を用いて、ブラックホール同士の合体による重力波事象に対してこれまでにない深さで追観測し、その電磁波放射の可能性に制限を与えました。今回の制限を与えるにあたって、すばる望遠鏡(主鏡口径8.2m)の広視野深探査能力とカナリア大望遠鏡(主鏡口径10.4m)の柔軟な分光観測の連携が鍵となりました。今後も両望遠鏡の連携で重力波事象の追観測を積み重ねることによって、「ブラックホール合体で光が放たれるか?」という謎が解明されることが期待されます。

図1:本研究のイメージ。スペイン・ラパルマ島・カナリア大望遠鏡(左)と米国・ハワイ島・すばる望遠鏡(右)の連携観測により実現。

重力波望遠鏡による重力波の初めての直接検出(2015年)、中性子星同士の合体による重力波事象(GW170817)及び対応する電磁波放射の初検出(2017年)を経て、重力波天文学が研究者たちの注目を集めています。

重力波望遠鏡では、ブラックホール同士の合体からの重力波も検出されます。特に2つのブラックホール(ブラックホール連星)が合体して放射されて起きる重力波は、重力波望遠鏡により検出される重力波の実に9割を占めています。

ブラックホールはその重力による束縛から光(電磁波)も逃げ出せない天体として有名です。よって、ブラックホール連星合体が電磁波を放射するとは通常は考えられてきませんでした。しかしながら、ブラックホール連星合体による重力波事象の1つ(GW190521)から電磁波対応天体の候補を検出したとの報告があり(2019年)、電磁波を放射する複数のメカニズムが理論的に提案されました。果たして本当にブラックホール連星合体から電磁波が放射されるのか、放射されるとするとどのぐらいの明るさなのか、という点を解明することが宇宙物理学的な重要な問題の一つとなっています。

2020年2月24日、 米国の重力波望遠鏡LIGO(ライゴ)と欧州の重力波望遠鏡Virgo(バーゴ)はブラックホール連星合体からの重力波事象(GW200224_222234、以下GW200224)を検出しました。

一般に、重力波望遠鏡の「視力」は悪く(人間の視力に変換すると約0.0008)、その到来方向は典型的には「満月2000個分(500平方度)の範囲のどこかから来た」としか言えません。しかし、GW200224はとりわけ重力波放射が強く、その到来方向が約50平方度に限定されていました。そこで、国立天文台、スペイン・カナリア天体物理研究所、千葉工業大学の研究者を中心とする国際研究チームは、すばる望遠鏡とカナリア大望遠鏡を用いた追観測を実行しました。

研究チームは、重力波検出のわずか12時間後に、広い天域で暗い天体を探査することが得意なすばる望遠鏡(主鏡口径8.2m)の超広視野主焦点カメラ Hyper Suprime-Cam (ハイパー・シュプリーム・カム、HSC)を用いた撮像観測を行い、急激な光度変化を起こした天体(突発天体)がその方向にあるか探査しました。この観測は到来方向の91パーセントをカバーし、ブラックホール連星合体による重力波事象に対してその到来方向の大部分をカバーする観測としては、これまでで最も深い観測となりました。

研究チームは、見つけた突発天体の光度変動を精査し、カナリア大望遠鏡の分光器OSIRISで、突発天体が属する銀河の分光観測を行うことで、その銀河までの距離を測定しました。そして、GW200224に対応する可能性のある19個の天体を最終的に同定しました。この中でGW200224との関連が強く示唆される天体は存在せず、過去に電磁波放射が報告されたGW190521と同程度の強度の電磁波放射は、GW200224には付随していなかったと結論づけました。これは、ブラックホール連星合体からの電磁波放射現象の多様性を示しています。

図2:重力波望遠鏡による観測で得られたGW200224_222234の到来方向(白い線、確率90パーセント)とすばる望遠鏡HSCが観測した領域(赤色)。赤丸はHSCの視野の大きさ(満月9個分に相当)、黄丸は満月1個分の大きさを表しています。コップ座、からす座、おとめ座、しし座にまたがる広い範囲からGW200224は到来しています。

「ブラックホール連星合体からの電磁波放射を探査するというこの挑戦的な試みは、すばる望遠鏡の広視野深探査観測とカナリア大望遠鏡の柔軟な分光観測という二つの大型望遠鏡のそれぞれの長所を組み合わせて初めて実現したものです」と国際研究チームの日本側の代表である諸隈智貴主席研究員(千葉工業大学・惑星探査研究センター)は語ります。
2023年5月から、重力波望遠鏡LIGO(2台)、Virgoに日本のKAGRA(かぐら)を加えた計4台での観測が再開されます。性能が向上したこれらの重力波望遠鏡で、さらに多くの重力波事象が検出されると期待されています。多様な重力波天体の素性を明らかにするために、研究チームはすばる望遠鏡とカナリア大望遠鏡を用いた追観測を行っていきます。「ブラックホール合体からの電磁波放射は、理論的にも予言が大変難しいのですが、このような世界最先端の望遠鏡を組み合わせた観測を積み重ねていくことで詳細を明らかにしていきたい。」と秋田谷洋上席研究員(千葉工業大学・惑星探査研究センター)は語ります。

本研究成果は、米国の天体物理学専門誌『アストロフィジカル・ジャーナル』に2023年4月12日付で掲載されました(Ohgami et al. “Follow-up survey for the binary black hole merger GW200224_222234 using Subaru/HSC and GTC/OSIRIS”)。

担当:諸隈 智貴 (モロクマ トモキ)
千葉工業大学  惑星探査研究センター 主席研究員