概要
深宇宙探査技術実証DESTINY⁺ (Demonstration and Experiment of Space Technology for INterplanetary voYage with Phaethon fLyby and dUst Science)は、ふたご座流星群の母天体である小惑星フェートン((3200)Phaethon、ファエトンとも呼ばれる)をフライバイ探査する計画です。
フェートンの軌道は離心率と軌道傾斜角が大きいため、地球軌道との相対速度が大きく、サンプルリターンやランデブーが困難です。そのためフライバイが実現可能な探査手段です。
フェートンは、太陽に最も近づいた時で0.14au(1auは地球と太陽の平均距離)、最も遠ざかる時で2.4auの楕円軌道を回っており、地球軌道を秒速35kmで横切ります(図1)。
フェートンは、毎年12月中旬にふたご座流星群としてたくさんの塵(ダスト)を地球に運んできています。太陽に最も接近する最大級小惑星(直径約6㎞)であり、太陽に最接近する際は天体表面が700℃以上に加熱されます。
また、太陽に最接近する数日間のみ彗星のように塵(ダスト)を吹いていることが観測されており、「活動的小惑星」と呼ばれます。活動的小惑星であるフェートンからどのようにダストが噴き出しているのかは地球からの望遠鏡観測ではわからないため、天文学・惑星科学の分野で大きな謎として様々な議論がなされています。また、太陽に非常に接近するにも関わらず、彗星のようには崩壊せず、1.4年周期で太陽の周りを公転しているのも特筆すべき点です。
そこで、DESTINY⁺計画では、探査機でフェートンに接近して、詳細な地形を観測したり、フェートン近傍のダストの化学組成や質量などを調査します。DESTINY⁺の観測により、太陽にあぶられ、地球に毎年ダストをもたらす活動的小惑星の実態解明を目指します!
探査機は秒速約36㎞でフェートンに約500kmまで接近し、望遠カメラでフェートンを追尾しながら表層の地形を調査したり、複数波長の分光カメラにより表層の物質分布を調べます。
また、ダストアナライザにより、フェートンから放出されたダストの化学組成や速度、サイズ、到来方向をその場で分析します。さらに、衛星が地球周回軌道を離れてからフェートン到着までの惑星間航行期間中は、ダストアナライザにより惑星間ダスト及び星間ダストの分析も行います。DESTINY⁺は、追尾望遠カメラ、マルチバンドカメラ、ダストアナライザの3つの観測機器科学観測を行います。
2017年12月に、フェートンは地球から約1000万kmの距離まで接近した際、世界中の望遠鏡でフェートンの観測を行われました。米国のアレシボ電波望遠鏡の観測により、フェートンの姿がぼんやりと明らかになりました。
Phaethonの諸元表
参考文献 | ||
軌道長半径(au) | 1.271 | [1] |
近日点距離(au) | 0.140 | [1] |
遠日点距離(au) | 2.403 | [1] |
軌道離心率 | 0.890 | [1] |
軌道傾斜角(deg) | 22.260 | [1] |
Tisserandパラメータ | 4.510 | [1] |
公転周期(year) | 1.430 | [1] |
自転周期(hour) | 3.6039 | [2,3] |
絶対等級(Vバンド) | 14.250 | [4] |
幾何アルベド | 0.08 - 0.13 | [5] |
サイズ | 6.4 x 6.1 x 4.6 km, vol. equiv. 5.05 km (dia.) |
[6] |
スペクトル型 | B (SMASS), F (Tholen) | [1] |
[1] Solar System Dynamics. (Small-Body Database Lookup). https://ssd.jpl.nasa.gov
[2] Kim, M. -J. et al., 2018, A&A 619, A123.
[3] Hanuš, J. et al., 2018, A&A 620, L8.
[4] Beniyama, J. et al., 2023, Publ. Astron. Soc. Japan 75(2), 297.
[5] Geem, J. et al., 2022, MNRAS 516, L53.
[6] Marshall, S. et al., 2023, In DESTINY+ Science Working Team meeting 2023.
ミッションロゴ
本ロゴは、PERCのロゴやメテオプロジェクトのロゴを製作してくださったデザイナーの黒川ひゅうさんによるものです。
DESTINY⁺の理学ミッションの科学的背景やキーワード(ふたご座流星群、ダストトレイル、Phaethon、流星群母天体、太陽に接近する小惑星)が詰まったデザインになっています。
経緯と体制
経緯
DESTINY⁺はDemonstration and Experiment of Space Technology for INterplanetary voYage with Phaethon fLyby and dUst Scienceの略称で、前半が工学ミッションの目的である「深宇宙探査技術の実証実験」、with以降の後半は理学ミッションの目的である「小惑星(3200)Phaethon(フェートンまたはファエトンと呼ばれる)のフライバイ及びダストサイエンス」を表しています。その名の通り、工学実証機に理学観測が相乗りする形で実現した理工一体ミッションです。理学ミッションは、2010年度に日本惑星科学会で行われた「月惑星探査来る10年検討」(以下、「来る10年検討」)の公募[1]に応募した「小惑星Phaethon探査提案」[2]が基となっており、日本惑星科学会からのボトムアップ提案がプロジェクト化した初めてのケースです。トップサイエンスを抽出する第一段階では、小惑星探査パネルで高い評価を得るも、フラッグシップミッション(中型計画)向きではないという理由から第二段階の選定から外れました[3]。その後も、国内外の理工関係者と議論を重ね、助言や協力を得ながら、探査実現の機会を独自に模索し続けました。提案当初はサンプルリターンを目指していましたが、技術的実現性を考慮してフライバイに変更しました。フライバイでも天体表層物質の化学組成情報が欲しいので、ダストの化学組成をその場で直接分析可能なダストアナライザの開発実績のあるドイツチームと協議の上、ダストアナライザの搭載を決めました。また、工学ミッションへの相乗り可能性を探り、2011年度に設立されたDESTINYワーキンググループにオブザーバとして参加しました。本計画の前身となる工学実証ミッション提案DESTINYの理学活用例の一つとして、ISASの「2013年度イプシロン搭載宇宙科学ミッション」の提案募集に応募しましたが、最終審査で小型月着陸実証機「SLIM」に敗れ不採択となりました。その後、Phaethonフライバイを理学ミッションに加えた理工一体ミッション提案DESTINY⁺として、ISASの「2015年度公募型小型計画2号機」の提案募集に再応募し、2017年8月に選定されました。その後も、X線天文衛星「ひとみ」の事故の影響による審査の延期や提案の見直しで生じたコスト・重量増加問題を乗り越え、2020年6月1日にプリプロジェクト化(プロジェクトの前段階)、2021年5月1日にプロジェクト化されました。2022年12月に基本設計審査を通過し、現在は詳細設計を進めています。2022年10月12日のイプシロン6号機失敗及び2023年7月14日に発生したイプシロンSロケット第2段エンジンの地上燃焼試験事故を踏まえて開発スケジュールを見直し、2023年10月27日の宇宙政策委員会宇宙科学・探査小委員会において、DESTINY⁺の打上げを2024年度から2025年度に変更する方針が提示されました。さらに2024年10月9日の宇宙政策委員会宇宙科学・探査小委員会において、DESTINY⁺の打上げを2025年度から2028年度に変更し、また、打上げロケットをイプシロンSからH3等に変更する方針で調整中であることが提示されました。
[1] 竝木則行ほか, 2010, 遊星人 19, 221.
[2] 荒井朋子ほか, 2012, 遊星人 21, 239.
[3] 竝木則行ほか, 2012, 遊星人 21, 215.
体制
DESTINY⁺は、工学実証ミッションに、理学観測が相乗りした理工連携ミッションです。ロケット及び衛星の開発はJAXAが進め、サイエンス計画の推進と観測機器の開発を千葉工大が中心となって進めています。
協力機関
明星電気株式会社
モノクロ望遠カメラ(TCAP)およびマルチバドカメラ(MCAP)の開発を担当します。
株式会社ジェネシア
モノクロ望遠カメラ(TCAP)の光学系 の開発を担当します。
株式会社コシナ
マルチバンドカメラ(MCAP)の光学系 の開発を担当します。
科学目標
科学的背景
年間4万トンを超える塵(ダスト)が地球外から地表に供給されています。成層圏や地表で回収されたダストの分析結果から、惑星間ダストは、隕石の数倍以上の濃度の炭素や有機物を含むことがわかっています。したがって、ダストは、地球外から地球への炭素や有機物の主要な供給源だと考えられており、地球外由来の炭素や有機物が地球生命の出発物質になるかもしれないという仮説検証の鍵となる物質です。近年、惑星科学や天文学の分野で、上記の仮説検証を目指しダストの研究が精力的に進められています。
地球に飛来するダストの輸送経路としては大きく分けて二つあります(図2)。 一つ目は、不特定多数の彗星や活動小惑星から放出されたダストのうち、サイズの小さいもの(数ミクロンサイズ以下)が黄道面(地球などの惑星が太陽を公転する軌道面)に沿って分布する「惑星間ダスト」です。これらのダストは、太陽を公転しながら太陽放射圧の摂動により徐々に太陽に落ちて行く過程で、地球に飛来します。(図2の①の経路)。もう一つは流星群のダストトレイル経由です(図2の②の経路)。流星群とは、地球軌道と交差する軌道を持つ彗星や小惑星から放出した数百ミクロンサイズ以上のダストがその天体の軌道に沿って帯状に分布するダストトレイルを地球が横切る際、多量の流星が観測される現象です。数百ミクロン以上のダストは、地球大気圏を通過する際に高温高圧のプラズマ状態となり発光するため流星として観測されます。流星群のダストは、ダストの由来元の天体(母天体)がわかっている点で重要です。流星群の母天体は一般的に彗星ですが、ふたご座やしぶんぎ座流星群のように小惑星由来のものもあります(表1)。
科学的課題
DESTINY+は以下の三つの科学的課題に取り組みます。
惑星間ダストの全体像及び粒子毎の由来
惑星間ダストは不特定多数の彗星や小惑星由来のダストの混合です。これまでも地上で回収されたダストの分析や黄道ダストの望遠鏡観測から、惑星間ダストの全体像を理解する研究が行われてきましたが、彗星と小惑星の寄与の割合について諸説あり、惑星間ダストの全体像は現状不明です。本ミッションでは、惑星間ダストの粒子毎に、サイズ、速度、到来方向、化学組成をその場で測定することで、この論争への決着を目指します。地上や成層圏で回収された惑星間ダストは大気圏突入時の加熱や破壊の影響を受けている。惑星間空間でダストをその場で直接分析を行うことにより、地球大気圏突入の影響の無い地球飛来ダストの実態が解明されることが期待されます。
1auに流入する星間ダストの化学組成
惑星間ダスト の中には5%程度の存在度で太陽系外の星間空間由来のダストが含まれることがわかっています。HELIOS, GALILEO, ULYSSES, CASSINI ミッションでの星間ダストの観測結果から、ダストサイズは10 ミクロン以下で、惑星間ダストに比べると小さいです。望遠鏡による星間雲の赤外線観測では、ダスト成分もガス成分もC、N、O に富み、星間ダスト成分の約40%は有機物だと推定されています。一方、土星探査機Cassini 搭載に搭載されたCosmic Dust Analyzer (CDA)で観測された36個の星間ダストの観測からは、有機物や炭素は検出されていません。本ミッションでは2年間以上に及ぶ惑星間航行中、ダストを継続的に観測し、1auまで入り込む星間ダストをその場分析し、太陽系内の星間ダストの有機物や炭素の有無や存在度の解明を目指します。
活動的小惑星からのダスト放出機構の理解
近年の地上望遠鏡やハッブル望遠鏡観測では、小惑星軌道を持つ彗星や彗星活動を見せる小惑星が小惑星帯で発見され、小惑星表面に氷や有機物が見つかっています。また、彗星と小惑星のそれぞれの特徴を合わせ持つような天体(メインベルト彗星、枯渇あるいは休眠彗星及び活動的小惑星)の発見が相次ぎ、従来の彗星と小惑星の単純な定義が見直されつつあります。フェートンはアポロ型の軌道を持つ近地球型小惑星ですが、ふたご座流星群の母天体であり、近日点ではダストの放出が確認されている、活動的小惑星です、彗星のようなコマやダストテイルは見られないため、どのようにフェートンからダストが放出されているかはわかっていません。本ミッションでは、フェートンに接近して表層の地形や地質を観測することで、フェートンのような活動的小惑星からのダスト放出機構の解明を目指します。
目標天体Phaethon
Phaethonの形状モデル
観測機器と観測計画
観測機器
DESTINY+では、ダストアナライザ(DESTINY+ Dust Analyser(DDA))、追尾望遠カメラ(Telescopic Camera for Phaethon, TCAP)、マルチバンドカメラ(Multiband Camera for Phaethon, MCAP)の三台の観測機器の搭載を計画しています。DDAは、カッシーニ探査機搭載Cosmic Dust Analyzer(CDA)を改良した小型軽量かつ高性能モデルであり、ドイツとの国際協力により、シュツットガルト大学チームが開発を行います。TCAP及びMCAPは千葉工業大学惑星探査研究センターが中心に開発します。(図3)
Phaethon フライバイ時のカメラの観測計画
関連リンク
関連リンク
関連文献
- 日本惑星科学会学会誌「遊星人」新連載:「太陽の子・塵の母「Phaethon」をフライバイ! その1 ~深宇宙探査技術実証機デスティニー・プラス DESTINY > PLUSの計画概要とサイエンス~」 荒井 朋子他 (2024)
- ISAS 宇宙科学最前線『DESTINY⁺が目指すサイエンス』
- LPSC2022_#2916_Phaethon Occultation_Arai
- LPSC2021_#1896_DESTINY+_Phaethon_Arai
- LPSC2020_#2924_Phaethon Occultation_rev_Arai
- LPSC2019_#3223_DESTINY+_Arai
- LPSC2018_#2570_DESTINY+a_Arai
- 日本惑星科学会学会誌「遊星人」特集「月惑星探査の来たる10年:第二段階のまとめ」 「小惑星Phaethon探査提案」 荒井 朋子他 (2012)
PERC主催の国際シンポジウム「地球飛来ダストとその母天体」
- PERC International Symposium on Dust & Parent Bodies 2024 (IDP2024)
- PERC International Symposium on Dust & Parent Bodies 2023 (IDP2023)
- PERC International Symposium on Dust & Parent Bodies 2022 (IDP2022)
- PERC International Symposium on Dust & Parent Bodies 2021 (IDP2021)
- PERC International Symposium on Dust & Parent Bodies 2020 (IDP2020)
- PERC International Symposium on Dust & Parent Bodies 2019 (IDP2019)
- PERC International Symposium on Dust & Parent Bodies 2018 (IDP2018)
担当研究員:荒井 朋子 (アライ トモコ)
千葉工業大学 惑星探査研究センター 所長(主席研究員)