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小惑星Phaethonによる恒星の掩蔽観測に成功
(1) Phaethonによる恒星の掩蔽観測
小惑星Phaethon(フェートン, ファエトンなどと呼ばれる. 以下Phaethon)は, 千葉工大惑星探査研究センターやJAXAが中心となって進めている小惑星探査計画DESTINY+の目標天体です. 探査衛星が確実にPhaethonに近づくためには, 予めPhaethon自体の大きさを知っておく必要があります. その有効な手法の一つである「恒星の掩蔽(えんぺい)現象の観測」によってPhaethonの大きさと形を測る試みがなされました.
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「恒星の掩蔽現象」とは, 小惑星よりも桁違いに遠方にある夜空の星の手前を小惑星が移動して横切ることで, 星の光が一瞬隠される現象です. 星が隠される時間は地球上の観測地点ごとに異なります. というのも, 地球上の位置によって小惑星のどの部分で星が隠されるかが微妙にずれるためです. それを逆手にとり, 掩蔽される星の動画を録り「ここで星を見たら, どの時刻からどの時刻まで隠れた」という情報を多数の地点から集めます. すると, あたかも小惑星の実際の大きさ・形が目で見たかのように浮かび上がってくるのです.
(太陽の手前を月が通るときに「日食」が起きます. この日食は地球上の観測地によって皆既日食, 部分日食, 日食なしと欠け方が異なりますが, これと同じ原理です)
小惑星Phaethonによる「恒星の掩蔽現象」が, 今年2021年10月3日の夜半過ぎ(10月4日2:03前後)に, 韓国南部から中国地方, 四国香川・徳島周辺, 紀伊半島南部にかけての東西の帯状の地域で観測されることが予報されました. 冬の星座「ぎょしゃ座」の中にある, 約12等星という肉眼では見えない非常に暗い星(織り姫星・こと座ベガの約6万分の1の明るさ)が, 最大で約0.6秒間だけ隠されるという現象です.
この掩蔽現象の観測にあたり, 日本と韓国の多数のアマチュア天文家とプロの天文学専門家がチームを組み, 30を超える地点からの観測キャンペーンを企画しました. 観測対象の恒星は非常に暗く, さらに時刻を正確に測定しつつ動画を撮るには0.1秒以下の露出時間で途切れなく画像を撮り続ける必要があります. ただでさえ暗い星をさらに淡く撮影することになり困難な観測になることが予想されました. また, 日本の不安定な天候によって観測が阻まれる心配もありました.
しかし, 各観測者のたぐいまれな情熱と努力, そして全国的な好天にも恵まれ, 多くの地点で掩蔽観測に成功しました. 現在, 観測結果の集約を進めていますが, これまでに集まったデータに限った暫定結果だけからも, 驚くほど精密なPhaethonの大きさ・形が明らかになりつつあります.
DESTINY+計画の探査衛星設計にあたっては, 小惑星の大きさ・形の情報が必須です. その点で, 今回の研究成果はユニークで極めて重要なものになりました.
さて, 今回の観測キャンペーンでは, 惑星探査研究センターからは「あすたむらんど徳島」に岡本, 「東広島天文台」に秋田谷がそれぞれ参加しました. 以下に, それぞれの観測現場の様子をお送りします.
(この章:文責・秋田谷・荒井)
(2) あすたむらんど徳島 (岡本より)
徳島班は日本スペースガード協会の浦川聖太郎さん, 阿南市科学センターの今村和義さん, 見張綾美さんと私(岡本尚也, 千葉工大)で掩蔽観測を行いました.
私自身は, 2019年に北海道函館でPhaethonによる掩蔽観測に参加した一人でした.この時が観測初体験でした.その時は観測地点まで深夜に長い時間をかけて運転し, 望遠鏡の設置をして待機していましたが, 掩蔽現象となる時刻には空が雲に覆われてしまい, 観測不成立でした.泣く泣く来た道をまた運転して帰るという, 淡い思い出がありました.[小惑星フェートンの掩蔽観測@函館/2019-9-17]。しかし今回, 徳島あわおどり空港に降り立った瞬間, 雲一つない天候を目の当たりにして, 今日はいける! と確信しました.
観測地点のあすたむらんど徳島に到着すると県外から来た人はまず抗原検査を受ける必要がありました.若干どきどきしましたが無事陰性であることが確認されました.
0時ごろにはほぼ観測準備が完了し, あとは午前2時3分の掩蔽を待つばかりでした.
観測地点のあすたむらんど徳島は科学館であり, 受け入れ担当をしてくださった田村耕二さんのご好意により常設展の見学, 並びに観望会(木星, アンドロメダ銀河等)を行っていただきました.お茶菓子まで用意していただき, とても快適な環境でした. ありがとうございました. 一休みしたのち, 望遠鏡が対象星を捉え続けていることを確認して本番の観測に臨みました.
2時3分台に入りパソコンのモニターをみなで見つめ, 固唾をのみながら掩蔽の瞬間を待っていたところ, 午前2時3分17秒ごろに星の姿がしっかりと消えました!
現象は1秒にも満たない一瞬ですが, 掩蔽観測成功の瞬間は全員歓声をあげ, 大変盛り上がりました. 他の地点での観測成功の報告も続々と入り, 今回の観測は大成功となりました. 函館のリベンジができてよかったです.
(この章: 文責・岡本)
(3) 東広島天文台かなた望遠鏡 (秋田谷より)
広島県東広島市は, 西条の街を中心として日本有数の日本酒の産地として有名です. ここに, 日本国内で5番目の大きさとなる口径1.5m「かなた望遠鏡」(東広島天文台;広島大学宇宙科学センターが運用)があります. 2006年の設置以降, 毎夜の様々な天体の観測研究で活躍しています.
今回の掩蔽現象はちょうど東広島市一帯も観測可能地域に入りました. そこで, 惑星探査研究センターから秋田谷が「かなた望遠鏡」に赴き, 高速動画撮影が可能なCMOSカメラ(現在スマホやデジカメで使われているものと同種の撮像素子)を取り付けて掩蔽現象の観測に挑みました. 今回の掩蔽観測に参加した観測地の中では最大の望遠鏡になるため, 光をふんだんに集めた高精度の観測が期待されました.
「かなた望遠鏡」は, 口径が大きいことから, 直径10mを超える開閉式屋根付きの建屋に固定設置されているいわば超大型機械です. そのナスミス焦点(望遠鏡の主鏡・副鏡・斜め平面鏡で反射されて光が収束する位置)にカメラを設置し, 観測に備えました.
大きな口径のかなた望遠鏡をもってしても, 今回隠される星を約0.05秒のごく短い露光の連続で動画を撮影するのは至難の業です. 短い露出時間だと星の像が非常に淡くなってしまうためです. そこで, 東広島天文台には本観測の2日前に入り, 本観測日を含む3夜にわたって入念な観測試験と機器調整を行い, 最良の機器設定を導き出した上で本番観測に臨みました.
幸い東広島地域は, 準備期間から本番観測までほぼ快晴に恵まれ, 天候の心配は全くありませんでした. しかし, 本番の観測は, 予報されている掩蔽時間帯を含むごく3分間のみです. いくら念入りな準備をしても, このタイミングにしくじれば全てが無駄になってしまいます. 1時間前には天体をカメラの視野に入れてじっと待ち, 張り詰めた緊張とともに, 掩蔽予想時刻の少し前に3分間の動画撮影開始のボタンを押しました.
天体が淡いため, 残念ながら本番動画の撮影中に星の明るさをリアルタイムで確認することはできませんでした. しかし, その後記録された画像上の星の光量を数値化して変化を調べたところ, 観測に成功したことがはっきりしました.
星の光量が変化せず平坦ですが, これが予想された結果です. 実は, 東広島天文台は, 星がPhaethonに隠される地域からほんの少しだけ南に位置しているため, 「星が減光しない」ことを確認することが課された使命だったのです. この「減光しない」地域からの観測も, 今回測定したいPhaethonの大きさの限界を抑えるために非常に重要です. 「減光」とその開始・終了の時刻を確認できたほかの地点と肩を並べる良い観測結果が得られました.
なお, 本番の掩蔽観測の前後の待機時間帯には, 口径の大きな「かなた望遠鏡」ならば「小惑星Phaethonそのものが見えるのでは」と思い立ち, 望遠鏡の別の焦点についているHOWPolというカメラで何度か長時間露光で星の写真を撮ってみました. すると, 見事に, 掩蔽の時間を挟んで, 星に向かって・そして星から離れて動いているPhaethonの姿を捉えることができたのです. 観測現場は, むしろこちらの画像を見ていたときの方が盛り上がっていたかもしれません.
ともあれ, 天候や機器に恵まれ, 科学的に重要な掩蔽観測データの取得に成功して安堵しました. 秋田谷個人としては, 広島大学のかなた望遠鏡とその装置群は, 過去通算で約8年間ここの研究機関に在籍して運用や開発・観測研究にあたった愛着のある設備です. これらを使って, この2月に着任した現在の新しい研究の場・千葉工大惑星探査研究センターの重要プロジェクトにも貢献することができ, 感慨深いものがあります.
最後に, 観測に協力いただいた広島大学宇宙科学センターとそのスタッフの皆様に感謝申し上げます.
(この章: 文責・秋田谷)