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ロケットエンジン用電動ターボポンプ

こんにちは。空中発射ロケット担当の庄山です。

ハイブリッドロケットの空中発射を目指した取り組みとして、電動ターボポンプを開発しています。本プロジェクトは「やまぐちイノベーション促進補助金事業」の支援を頂いている他、今年から、JAXAの研究提案募集(RFP: Request for Proposal)に採択され、極低温液体ロケットエンジンへの転用も視野に入れて、共同研究をスタートしています。

電動ターボポンプ

電動ターボポンプとは、電池に貯めた電気エネルギーで駆動するターボポンプです。ターボポンプとはロケットエンジンを構成するパーツで、タンク内の低圧な液体燃料を加圧し、高圧な燃焼室に供給する役割があります。H3ロケットやFalcon9などの大型の液体ロケットエンジンには必ず搭載されています。

ところがターボポンプの開発は非常に難しく、ロケットの打ち上げ失敗原因の中で最も多いのもターボポンプの故障です。H3ロケットの初号機打ち上げが再度延期されてしまいましたが、これも1段エンジンLE-9のターボポンプの課題によるものです。エンジン燃焼試験の後、タービンに損傷が見つかったのです。

タービンは超強力・超高速な風車のようなもので、高温高圧のガス(実際は超臨界流体)をタービンに吹き付けることで回転エネルギーを取り出し、これでポンプを駆動します。電動ターボポンプでは、タービンの代わりにモータを使うので、構造がシンプルになります。

これまで惑星探査研究センターでポンプを設計し 、黒磯製作所さんのご協力で部品の試作を進めてきました。そして先日、ボリュートやケーシングなどが完成したので、組み立ててみました。

部品どうしをを嵌めるインロー部もピッタリ嵌まりました。これまで頭の中で想像し、コンピュータ画面上でしか見えていなかったものが、こうして現実の3次元物体として現れると、感慨深いものがあります。この瞬間がモノづくりの醍醐味ですね。

これは高速回転するインペラから旋回しながら吐出される推進剤を集め、一本の管に流すためのボリュート(渦巻室)と呼ばれる部品です。鋳物のように見えますが、アビストさんに金属3Dプリンタで製作して頂き、黒磯製作所さんに仕上げ加工と溶接をして頂きました。鋳造や機械加工では不可能な複雑な形状でも製造可能です。3Dプリンタ独特の制約条件もあるのですが、内部の流路形状を工夫することで解決しています。このポンプに10MPa(100気圧)をかける耐圧試験を実施する予定です。

極低温試験

空中発射時の高度20kmでは気温が-50℃になり、気球に吊るされたロケットのタンクに充填されている酸化剤は、この周囲温度まで冷やされます。ポンプはこれを吸い込みますが、-50℃程度は極低温とは言われません※。 機械材料特性も常温の延長線上と考えて差し支えありません。低温用であればゴムのOリングも使用可能です。

※「極低温」という単語は、航空宇宙工学の分野では「ごくていおん」と読み、液体窒素も極低温に含めることが多いと思います。一方、物理の世界では「きょくていおん」と読み、4K以下の温度を指すようです。航空宇宙工学の分野では、極超音速を「ごくちょうおんそく」と読みますので、「ごく」と読んでしまうのかもしれません。

JAXAとの共同研究では、液体ロケットエンジンへの適用を目的として、-200℃の極低温推進剤に対応するために必要な実験を行っています。この温度は、液体酸素やメタン、液体窒素の1気圧の飽和温度に相当しますので、ポンプを-200℃に対応させると、メタンと液体酸素(LOX)を用いたロケットエンジンに使えるようになります。

極低温となると、色々と世界が変わってきます。まずゴム系の材料は全て使えません。また、常温との温度差が200Kもあるので、部品の寸法が約0.3%縮んでしまいます。たいしたことないと思われるかもしれませんが、軸受やインペラというのは、ミクロンオーダの隙間を議論して設計されているので、数センチの部品が0.3%変形するだけで、軸が回らなくなったりする場合があります。

そもそも、電動モータは液体窒素中で動作可能なのでしょうか?やってみよう!ということで、モータを組み込んだ試験機を丸ごと液体窒素に浸してみました。

ごく低速ですが、問題なく回りました。巻線抵抗や外観に異常はありませんでした。当然、モータメーカの保証などありませんし、技術的知見もありません。出来るかどうか分からないときに、事前に沢山の計算や解析で検討するのも意味はありますが、「まずやってみる」方が良い場合もあります。もちろん物理的に明らかに無理なことをする意味はありませんが、そういう致命的な問題がなく、もし失敗していも問題ないような、小さくて安い方法が可能であれば、実験が最も早い検証になります。実験を通じて、本当に必要な課題だけが浮き彫りになり、研究資源を集中させることができます。

今後は、ポンプの中身であるロータを試作し、惑星探査研究センター御宿ロケット実験場や、JAXA角田宇宙センターの実験設備を借りて、回転試験を行っていく予定です。