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二つの「奇跡」

「はやぶさ2」が2度目のタッチダウンに成功し興奮冷めやらぬなかではありますが、少し戻って衝突装置による人工クレータ形成にまつわるお話をしたいと思います。

「はやぶさ2」は小惑星リュウグウに到着後、表面のリモセン観測を経てタッチダウンに成功し、さらにはSmall Carry-on Impactor (SCI) と呼ばれる衝突装置によってリュウグウ表面に人工クレータを形成することに成功しました(さらにその人工クレータからの放出された地下物質を2度目のタッチダウンで採取できた見込みです)。このSCIにまつわる探査機運用は非常に複雑で成功が危ぶまれていたわけですが、加えてリュウグウ上に本当に衝突したのか、衝突地点はどこなのか、という衝突点探しもまた、一筋縄ではいかないものと想定されていました。事前の見積もりでは、SCI弾丸が衝突する可能性のある領域は直径400mの円内とされ(リュウグウの直径が約900mであることを考えると、大きいでしょうか?小さいでしょうか?)、その「広大な」領域のどこかにある衝突地点(クレータは大きくとも10m程度、小さいと1m未満の可能性もあった)を探さなくてはならないのでした。

その衝突の確認と衝突地点探しにおいて大きな期待を寄せられていたのが、分離カメラ(Deployable Camera 3: DCAM3)による衝突のその場観測でした。SCIは爆薬によって弾丸を加速し、その際には破片が四方八方に飛び散ります。「はやぶさ2」自体はその破片を避けるべく、SCIをリュウグウ上空500mで切り離した後リュウグウの「影」に隠れるように退避していきます(SCIは分離から40分経過後に作動)。つまり、衝突の瞬間は「はやぶさ2」から観測できません。そこで、衝突の瞬間を観測すべく、「はやぶさ2」退避途中にDCAM3が切り離され、絶好のロケーションに配されます(図1)。DCAM3が撮影する画像から、弾丸がどこに衝突したのかを一早く直接証拠として得られると期待されていたわけです。

図1: SCI運用時の「はやぶさ2」退避経路とDCAM3の分離運用位置の概念図。

ただし、DCAM3画像から衝突の直接証拠が得られる、とは必ずしも保証されていたわけではありません(なので、DCAM3画像がない場合でも衝突地点探しができるように準備はしていました)。そもそも、DCAM3は分離と同時に電源が入る仕組みになっていました。このことは、事前に動作確認ができない一発勝負であることを意味しています(SCIもそうですが)。想定外のことが生じていれば、電源が入ることなく「はい、終了」となっていたかもしれないのです。もちろん、首尾よく電源が入ったとしても、想定通りの方向に姿勢が向いてくれないと衝突地点を画像に収めることはできませんし、SCIの破片が当たるようなことがあれば破損して終了となる可能性もありました(その確率は小さいと見積もられていましたが)。このような課題に対して、SCI/DCAM3はその開発過程においてとことん検討されて「はやぶさ2」に搭載されました。そうして迎えた実際の運用において、DCAM3から送られてきた画像がこちら(図2)。

図2: SCI作動3秒後のDCAM3画像。明瞭なイジェクタカーテンが見事に撮像されました。イメージクレジット: JAXA/神戸大/千葉工大/高知大/産業医科大。

「おお、イジェクタカーテン*が写ってる!」「衝突成功や!」「衝突地点もわかるね!」と「はやぶさ2」の運用室は歓喜の渦に包まれ、はやばやとSCI運用の成功が宣言されるに至りました。また、その後の「はやぶさ2」本体搭載カメラによる衝突クレータ探しが容易になり(実際に10mを超える孔が形成されていました)、タッチダウン地点の検討に早々に入ることが可能となりました。

このようにSCI運用は大成功を収めたわけですが、実はそこには、衝突地点に関して、不定性の大きな予測の中で最も望ましい状況が実現するという「奇跡」が二つありました。一つは、明瞭なイジェクタカーテンが形成される場所に衝突しDCAM3が撮像できたことです。この画像によって、「これは衝突によって形成されたものであり、その根元に衝突があったことの証拠である」と宣言できたわけですが、明瞭なイジェクタカーテンは通常、砂地のような平坦な領域に衝突しないと出現しないとされています。大きな岩塊に衝突したりするとその出現はあまり期待されません。リュウグウ表面はどこもかしこも岩塊だらけで、明瞭なイジェクタカーテンが形成される確率は低いだろうという予想もありました。したがって、岩塊を避け首尾よくイジェクタカーテンが形成される場所に衝突したことが「奇跡」といえましょう**。
もう一つの「奇跡」は、DCAM3から見て丁度リュウグウの「縁」付近に衝突したこと、です。もし衝突地点がDCAM3から見て「奥側」であったら、イジェクタカーテンが出現していたとしてもリュウグウに隠れて見えなかったことでしょう。逆に「手前側」過ぎても、今度は背景のリュウグウに紛れてイジェクタカーテンの認識が困難になっていた可能性があります.イジェクタカーテンがイジェクタカーテンとして一目瞭然で認識できたのは、真っ暗な宇宙空間を背景として撮像されたが故であり、まさに絶妙な位置に衝突した、と言っても過言ではないでしょう。衝突予測領域の広さを考えると、まさに「奇跡」と言えるのではないでしょうか。

とはいえ、これらの「奇跡」は、「はやぶさ2」プロジェクトメンバの不断の努力の結果であって、決して奇跡ではないのかもしれませんね。

*衝突クレータ形成時に放出された物質のことをイジェクタと呼びますが、その集団飛行形態が逆円錐状のあたかもカーテンのように見えることから「イジェクタカーテン」と呼びます。
**ひょっとすると、岩塊に当たっても明瞭なイジェクタカーテンが出現したかもしれません。その可能性については今後の解析を待つことになりますが、それはそれで「常識」を覆す面白い結果と言えるでしょう。

(和田浩二)