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タッチダウン成功の影の明るいヤツ

「はやぶさ2」の最初のタッチダウンは、2019年2月21日22:34(標準時。日本時間では22日朝7時34分)に無事行われました。この時、地球から見た「はやぶさ2」は太陽までの距離の2倍以上離れた場所にいて、通信には片道19分もかかります。このため「はやぶさ2」は、リュウグウ表面のターゲットマーカを頼りに、自律的にタッチダウンを行います。

ターゲットマーカ(「はやぶさ」のもの).JAXA デジタルアーカイブスより

ターゲットマーカとはソフトボール大のお手玉のようなもので、事前のリハーサルで目標地点の近くに投下しました。表面は再帰性反射シート(受けた光を、光源の方向に返す性質の布。交通整理の人の制服にも使われていますね)で覆われているため「はやぶさ2」がフラッシュを焚くと明るく光って見え、周囲の地形と区別することができるのです。

再帰性反射

実はこの、再帰性反射シートはレーザ高度計(LIDAR)にとっては悩みのタネでした。LIDARはレーザを照射して、リュウグウ表面で散乱された光を捉える装置です。「はやぶさ2」は普段はリュウグウから遠く離れたところにいるため、受ける光はかすかなものなのですが、すぐ近くで再帰性反射シートで散乱された光はとても強く、装置が「目を回して」しまう可能性もあります。とはいえ「はやぶさ2」はターゲットマーカを視認しなくてはタッチダウンができません。細く絞られたレーザがターゲットマーカに当たってしまうかどうかは、やってみないとわかりません。事前の見積もりでは、たとえ当たっても大丈夫だろうということだったのですが、宇宙では何が起こるかわかりません。LIDARチームは、運用室の他の人たちとは違うところに注目して、タッチダウンを固唾を飲んで見守っていました。
タッチダウンの結果はご存知の通り、大成功。LIDARは目を回すことなく27m付近まで高度を計測し続け、ちゃんと使命を果たしました(それより低高度での高度測定は、別の装置が担当します)。しかし後からデータを確認すると、レーザはターゲットマーカに当たっていたようです。

タッチダウン直前の高度と受光エネルギー

図は、タッチダウン直前の探査機高度と、LIDARの受光エネルギーの時間変化を示しています。これを見ると受光エネルギーが2回、跳ね上がっているのがわかります。どうやらこれは、ターゲットマーカにレーザが当たったためのようなのです。

はやぶさ2LIDAR.中央の「筒」が遠距離用受光部(望遠鏡).左上のレンズがレーザ照射部.右上の「穴」が近距離用受光部.JAXA デジタルアーカイブスより

ここで少しだけ、LIDAR の説明をします。LIDAR はレーザを出す部分は一か所ですが、光を受ける部分は2か所あります。高高度でかすかな光を受けるために望遠鏡になっている「遠距離用」と、低高度での使用を想定した「近距離用」です。今回「目を回してしまう」ことが懸念されていたのは「近距離用」、受光エネルギーを検知したのは「遠距離用」です。「遠距離用」は普段は受信部に電圧をかけてかすかな光を増幅して検知しているのですが、低高度での観測の際にはこの電圧を切っています。しかし300m以下の低高度では返ってくる光が強いため、受光を検知してしまいます。これはちょうど、太陽光を受けて電圧を発生する、太陽光発電と同じ仕組みです。

リュウグウ表面上のLIDAR照射点の履歴(ターゲットマーカ付近を拡大).黒丸がターゲットマーカ.22:14:19 は外しているように見えるのは,軌道姿勢の推定誤差が原因と思われる.宇宙科学研究所 菊地翔太博士作成.

この図は、受光エネルギーが跳ね上がった時間近辺に、レーザが当たっていた地面の位置を示しています。確かに、ターゲットマーカの上を通過していることがわかります。軌跡はスカスカなのに2回もターゲットマーカにレーザが当たるなんて、もしかしたらすごく運が良かったのかもしれません。
レーザがターゲットマーカに当たったときの高度は30m以上でした。このため、ターゲットマーカまでの距離が30mあれば装置は目を回さずに済むということなのかもしれません。とはいえ、次のタッチダウンの時に狙って撃ってみますか?と言われたとしても、丁重にお断りしたいところです…