【新着論文】太陽系小天体の強度は分子の結合で決まる
本研究センターの木村宏上席研究員をはじめとする研究グループが、衝突破片雲(イジェクタ・クラウド)の理論モデル構築の第一歩として、衝突破片の引張強度を理論的な数式で記述することに成功しました。本成果は、イジェクタ・クラウドの物理を解明する上で重要な成果であり、The Astrophysical Journal に 2 本の論文として掲載されました。
ポイント
- DESTINY+プロジェクトでは、衝突破片雲(イジェクタ・クラウド)のダスト特性を小惑星フライバイ時に計測する。
- イジェクタ・クラウドの理論モデルを構築することが喫緊の課題となっている。
- 理論モデル構築の第一歩として、衝突破片の引張強度を理論的な数式で記述することに成功した。
研究背景
大都会の雑踏から遠く離れ、満天の星が降り注ぐ夜空を手に入れたとき、夜のとばりが降りる頃には地平線から天頂に伸びる光の帯を見ることができます。この光の帯は、太陽が天空を駆け降りていった黄道に沿って現れるため、黄道光と呼ばれます。惑星間空間に漂う固体微粒子(ダスト)が太陽光を散乱したものが黄道光の正体です。したがって、黄道光の存在自体が、惑星間空間が完全な真空ではないという証となります。その惑星間ダストは、絶え間なく地球大気に突入しています。地球大気に降り積もる惑星間ダストの年間総質量は、東京スカイツリーの鉄骨地上本体部重量とほぼ同じです。ミリからセンチメートルサイズのダストは流れ星として光り、燃え尽きます。また、黄道光として光っている十分の一ミリ程度の小さなダストは、地球大気で減速され流れ星のように光ることなく静々と落ちて大気の中へ消えていきます。これらとは対照的に、大気のない小惑星では、惑星間ダストの雨が小惑星表面へ降り注いでいます。惑星間ダストは、超高速(秒速数十キロメートル)で小惑星表面へ衝突し、衝突破片(イジェクタ)を生み出します。小惑星表面から飛び出たイジェクタ粒子は、小惑星の重力が小さいために滞空時間も長く、衝突破片からなる雲(イジェクタ・クラウド)を形成することが知られています。DESTINY+プロジェクトでは、フェートンやアポフィスをはじめ様々な小惑星のイジェクタ・クラウドを形成するダストの物理・化学特性を測定することで、小惑星表面の物理・化学特性を推定します。イジェクタ・クラウドのその場測定データから天体表層物質を理解する上で、理論的なイジェクタ・クラウドのモデルを構築することが喫緊の課題となっています。
研究成果
イジェクタ・クラウドの理論的モデル構築を目指す第一歩として、衝突破片の引張強度(機械特性の一つ)を理論的な数式(式1参照)で記述することに成功しました(論文2)。

式1:φは充填率、γは表面エネルギー、r0は分子間距離の半分、Vは体積、mはワイブル計数
弾性球同士の接触理論から導出した弾性球の集合体(アグリゲイト)の引張強度を記述する数式を用い、弾性球の直径をアグリゲイトを構成する分子の結合長に等しいと仮定すると、アグリゲイトではない物体の引張強度を記述する数式になることが判明しました。雪、氷、シリカ、無定形炭素などの引張強度を測定した実験結果やシミュレーションした分子動力学計算結果の充填率依存性(図1)や体積依存性(図2)は、この数式で矛盾なく再現できることがわかりました(論文1)。この数式では、分子数(充填率、体積)、分子の結合力(表面エネルギー)、分子間距離、分子間結合切断の亀裂長(ワイブル計数)がパラメーターになっています。つまり、太陽系小天体の強度を決めるのは分子の結合具合であることが分かりました。

図1:雪の引張強度(縦軸)を充填率(横軸)の関数としてプロットしたもの(シンボル:実験値;実線:式1)

図2:シリカガラスの引張強度(縦軸)を体積(横軸)の関数としてプロットしたもの(シンボル:実験値;実線:式1)
社会的インパクト
地球に衝突すると壊滅的な被害を及ぼす小天体を特定する上で、小天体の引張強度が重要なパラメーターとなるでしょう。
今後の展望
引張強度はひずみとして蓄えられるエネルギーを知る上で重要なパラメーターであり、ひずみエネルギーが衝突破片の放出速度を決定すると期待しています。DESTINY+プロジェクトで衝突破片ダストの速度を計測することで、小天体の機械特性に関する知見が得られるでしょう。
論文情報
【論文1】
掲載雑誌:The Astrophysical Journal
タイトル:Tensile Strength of Dust, Pebbles, and Planetesimals: A Simple Mathematical Formula from Aggregates to Monoliths Based on an Extension of an Elastic Theory for Particle Assemblies to Molecular Networks
著書:Hiroshi Kimura, Takayuki Hirai, Takaya Okamoto, Akiko M. Nakamura, Eiichiro Kokubo, Yuki Yoshida, Fumi Yoshida, Peng K. Hong, Koji Wada, Hiroki Senshu, Tomoko Arai, Sota Arakawa, Toshihiko Kadono, Masanori Kobayashi, Ko Ishibashi, Hiroshi Akitaya, Manabu Yamada, Osamu Okudaira, and Takafumi Matsui
【論文2】
掲載雑誌:The Astrophysical Journal
タイトル:Mechanical Properties of Dust, Pebbles, and Planetesimals Based on Johnson–Kendall–Roberts, Griffith, and Weibull Theories
著書:Hiroshi Kimura, Takaya Okamoto, Takayuki Hirai, Fumi Yoshida, Peng K. Hong, Koji Wada, Tomoko Arai, Eiichiro Kokubo, Yuki Yoshida, Toshihiko Kadono, Sota Arakawa, Hiroki Senshu, Masanori Kobayashi, Ko Ishibashi, Manabu Yamada, Hiroshi Akitaya, Osamu Okudaira, and Takafumi Matsui
関連リンク
担当:木村 宏(キムラ ヒロシ)
千葉工業大学 惑星探査研究センター 上席研究員

